追悼文は難しい、と言ったのは、坪内祐三だったかどうか、忘れた。あるいは山口瞳?
相手を褒めすぎず、かといって(もちろん)貶めてはいけないし(そういう印象を与えてもいけない)、お涙頂戴のフレーズもお行儀良い美麗字句も聴く方のお尻がムズムズして居心地が悪くなる。
それでいて、聴く人たちには、個人への共感と慈しみと、その場の尊厳さとを覚えさせなくてはならない。
毀誉褒貶相半ばする人物への追悼ならなおさら。
だから追悼文は難しい。
「勝ちっ放しはないでしょう、安倍さん」というのは、いい文句だった。民主党政権の〈最後の将軍〉としての矜持と悔しさが伝わってくる。歯ぎしりと苦笑いと。だがそこには友愛がある。
国の宰相としてあなたが残した事績をたどり、あなたが放った強烈な光も、その先に伸びた影も、この議場に集う同僚議員たちとともに、言葉の限りを尽くして、問い続けたい。
光強ければ、影もまた濃い。簡単に白黒つけられる人間なんて、いるもんじゃあない。
digital.asahi.com
こちらのエピソードも添えておく。
digital.asahi.com