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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

回想の江戸川乱歩 (2) ~面白い小説を見つけるために #4

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小林信彦『回想の江戸川乱歩』(光文社文庫)の話を続ける(はてなAmazonリンクではなぜか文春文庫版しかヒットしない。光文社文庫版はもう絶版ということか)。

thx.hateblo.jp


この本には「半巨人の肖像」という中編が収められている。
主人公は、今野という20代の青年。失業保険が切れる直前、氷川鬼道という老作家に拾われて、新雑誌の編集に携わることになる。
氷川は作家でもあるが雑誌社の経営者でもある。その出版社は「真珠」という推理小説誌をだしているが、売れ行きはどうも芳しくない。それ故にか、編集長は別に立てているものの、氷川は編集にも口出しをする。彼は雑誌のオーナーなので、編集部の誰も盾突くことをしない。
そんな社の空気の中で、素人同然の今野は新雑誌の編集長をやってみないかと肩を叩かれるのである。


人物名こそ変えているが、これは今野(=小林信彦)、氷川鬼道(=江戸川乱歩)であり、実話をベースにしている。冒頭にでてくる氷川をめぐる〈奇妙にエピソード〉は、この小説の直前に収められているエッセイのエピソードを、そのまま使っている。

今号で本誌は三年目に入る。常識的にいうと、二周年記念特大号というわけである。
二年半前の冬、失業保険が切れかかって、もう自殺するより手はないな、と池袋職安のベンチでボンヤリと考えていた私は、江戸川先生から電話を受けた。新らしい雑誌が出るから手伝わないか、といわれて、直ちに弟(小林泰彦というのは、実は、私の実弟だ)ともう一人の助ッ人と三人で、私の下宿の狭い部屋で見本を作りにかかった。その見本は今でも、私の机の中にある。「プレイボーイ」みたいなアイデア雑誌の匂いを少しでも感じさせることができたら、というのが三人の夢だった。そして、「プレイボーイ」はともかく、「ナギット」「エスカペード」のような雑誌を、という夢を、私はまだ捨てていない。

小林信彦の伝説的エッセイ集『東京のドン・キホーテ』に収録されていた、『ヒッチコック・マガジン』の「全編集後記」の一文だ。


小林は「半巨人の肖像」という小説で、〈幻想と怪奇〉というイメージにとらえられ、ずっと土蔵の中でロウソク1本で怪奇小説を書いているという、江戸川乱歩という作家のイメージを変えたかったという。
ここにでてくる氷川鬼道は、病を抱えつつ老体に鞭打ってギョーカイ(推理小説界)に貢献しようとした、苦悩するひとりの作家であり、ひとり苦悩する経営者である。冷徹でもありつつも、人情家の側面も見せる。常識的である。
小林自身は、あとがきのなかで彼のことを〈大人(たいじん)〉とあらわした。

鬼道が余人とはっきり違うと思わせられるのは、今野を含めてそれらの一人一人にある欠点や弱点に眼をひかれず、その人間の長所を掴んで、それをなるべく発揮できるような場にいっきに置くことであった。そういうときの鬼道には、生まれながらの生地の良さといったものが感じられ、今野は心が広がるようであった。

この作品は長いこと幻の作品だった。単行本にも収録されなかった。
光文社文庫版『回想の江戸川乱歩』のあとがきを書いた坪内祐三は、この小説が載っている「新潮」1971年6月号を探し求めて、早稲田界隈の古書店を探しまくったという。ようやく見つかったのは、1982年夏のことだった。

いまこの小説は、『四重奏 カルテット』(幻戯書房)という連作小説集に収録され、われわれも目にすることができる。

四重奏 カルテット

四重奏 カルテット