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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

みんなで面白がる場 ~読書会の技術

30 自在眼鏡の本棚 25 再起動するための知的デフラグ術

地元で、読書コミュニティをずっと企画運営している。読書会といわれる集まりだ。
今年の11月で丸5年。ほぼ月イチでやっていて、順調にいけば来春には100回達成予定。回数にこだわるわけではないけど、ひとつの区切りにはなる。
ちゃんと数えたことはないが、これまで延べ1000人近くの方にお越しいただいたんではないかと思う。


■読書コミュニティ「こすぎナイトキャンパス」
https://www.facebook.com/ksgnightcampus/


個人で主催しているのではなく、NPO法人の事業として開催している。わずかだが年間予算もついているし、運営スタッフ(ボランティア含む)もいる。参加費はいまのところ原則無料だ。実費が発生する場合には受益者負担とさせてもらっている。

「読書会って、なにするんですか?」

「読書会やってます」というと、
「読書会ってなにするんですか」とよく聞かれる。


一口に読書会といってもいろんなスタイルがある。そのあたりは、せいこさんの投稿を参考にしてみてください。コンパクトにまとめられている好記事です。
hitotobi.hatenadiary.jp

ぼくの勝手な解釈は「読書体験を話して、つながる場」である。
いや、それは優等生的回答。
みんなで面白がる場、と言ったほうがしっくりくる。

ウチの場合は、

  • 課題テキスト(図書)を一冊決める
  • その本の感想を、参加者同士で話す(共有する)

というスタイル。


ちなみに、テキストは事前に読んでこなくともいい。いいけれど、テキストは各自で持参してもらう。「全部読んできていただかなくとも大丈夫です」と公言しているし、それがウチの売りでもある。
テキスト持参をお願いしているのは、参加者がひとりぼっちにならないため。「××ページのところが」といってテキスト参照を求められたときに、手元にその本がないと手持ち無沙汰になってしまう。
また、全部読んでいなくともテキストがあれば、会が進行していく中で、ぱらぱらと新しい箇所を少しでも読んでいける。


さいきんちょっと考えが変わってきていて、できれば本は読んできてもらいたいなあと思っている。
というのは、その方がもっと会に参加すること自体を楽しむことができるから。自分も楽しめるし、参加者同士の話し合いの内容も自然とぐんと深くなる。
でも、難しかったら目次だけでもいいし、あとがきだけでもいい。そこからなにか感じることが、まずは大事だと思っている。

本はあらかじめ読んでおくべきか

本を事前に読んでから、参加する。それを条件にする読書会も多い。
その方が議論が活発化し、テーマにより深くコミットできることは、ぼくも先から理解しているつもりだ。


けれど、読んでから参加するという条件が、参加したいという意識へのプレッシャとなって、参加のハードルを高くしていることも、やっぱり事実だろう。
仮に読書会当日までに全ページ読了できなくとも、その場にいてほかの参加者同士の会話を楽しむという会にしたほうが、長続きできると思ったのだ。だから、ぼくは課題テキストを読了することを、いまのところは前提にしていない。


ウチの会のコンセプトは、

open book, open heart

本を読むのではなく、まず本を手にとってもらう。
そして、カバー表紙、オビ文、最初の1行といったファクタから、なにか感じとってもらう。感じる内容はその人ごとに違うと思う。自分好みかもしれないし、ちょっと苦手だなと思うかもしれない。新鮮に感じるかもしれないし、懐かしい気持になるかもしれない。
そういう感覚を大事にしてもらいたくて、上のようなコンセプトにしてみた。


本を手にとる、そういう機会をたくさんつくってもらいたい。
そして、読書会に参加しいろんな意見や感じ方に触れてもらう。
そこから先にどのように進むかは、各人の自由だ。自然と本文に進んでもらってもよいし、そのまま本を閉じることもあるだろう。最初は取っつきにくかった本でも、話を聞くうちに読んでみたくなったという例もある。

本をあらかじめ読む/読まないというのは、その会の種類や性格によるもので本質的なことではないのではないか。(つづく)


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