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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

ままならぬは世の常、か

20 同時代ノート

衆院議員の加藤紘一が亡くなった。40歳以上の人でなければ、おそらくは聞いたこともあまりない名前かもしれない。
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この人といえば、「加藤の乱」であろう。
加藤の乱の経緯は、こちらに譲る。
加藤の乱 - Wikipedia

2000年11月、当時の森喜朗内閣倒閣を目指し、野党の内閣不信任案に同調しようとしたが、寸止め海峡で撃沈。自民党執行部の切り崩しであっけなく敗走した。
加藤は、政界のプリンスといわれて、総理大臣に一番近い人物だったが、一転、敗軍の将となった。

ジャーナリスト・後藤謙次のこの本を開いてみる。

当時の自民党幹事長は、野中広務。加藤と、彼に同調した山崎拓に離党勧告を突きつけ、彼等の同調者にたいしては党公認を剥奪することをちらつかせた。
自民党森派の会長は、小泉純一郎だった。「YKK」と呼ばれた三人組だったが、小泉純一郎は「最後の一人になっても森首相を守る」とその立場を揺るがすことはなかった。
加藤の行動に同調し気脈を通じていたのは、民主党(当時)の幹事長・菅直人だった。そのときの代表・鳩山由紀夫加藤の乱に賛成ではなかった。

首相に一番近いからこそ、その行動は慎重にならなければならなかったはずなのに、そしてルビコン河を渡るのならぱ、一気呵成で突き進まねばならなかった。

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そんな加藤の肩をつかんで最後に押さえたのは、前幹事長の谷垣禎一だった。
その谷垣さんも、幹事長になって、野党時代の自民党をささえ、安倍内閣を支えたのに、自らは総理になれなかった。そしていまは病床の身だ。

ままならぬは世の常だなあ。

※文中敬称略