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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

日本の終戦は9月2日 、せっかくなので「ポツダム宣言」を読んでみた

20 同時代ノート 30 自在眼鏡の本棚 35 ノンフィクション・記録

台風が去って(といいつつ、また来ていますが)、なんだか風が少し涼しく感じられるようになりました。


とても大仰にいいますが、ぼくにとっての日本の夏は戦争とか死者を意識させる季節で、おそらくはその感覚はぼくだけのものではないでしょう。戦争を軸とすると、6月23日の沖縄戦終結にはじまり、8月6,9日を経て、15日の終戦記念日を迎えると一段落、というのが「日本の夏」だとなんとなく思っていました。


ですが、日本の終戦は9月2日であって、じつは8月15日ではないということを知ってから、長年染みついたその時間軸が引き延ばされて、どうも落ち着かない気がしています。


国内で天皇玉音放送が報じられたのは8月15日ですが、これはポツダム宣言受諾に関する詔書が発布されたことを国内に向けた発表でしかありません。
8月14日、日本政府はポツダム宣言の受諾を駐スイス、スウェーデンの日本公使館経由で連合国側に通告していますが、宣言の条項の誠実な履行等を定めた降伏文書(休戦協定)に調印したのは9月2日のこと。
「19世紀と20世紀の戦争は、宣戦布告で始まって、終戦協定(降伏文書の調印)で終わる」(日垣隆『日本の戦争を見に行く』)のです。


ポツダム宣言を正式に受諾した文書、つまりは「降伏文書」(よく読むと休戦協定であることが解る。だから国連憲章には日独伊は敵国と明記されたといわれています)が、ミズーリ号にて調印されたのでした。
ポツダム宣言は1945年7月26日に発せられ、当時の首相鈴木貫太郎は記者会見で「共同声明はカイロ会談の焼直しと思う、政府としては重大な価値あるものとは認めず「黙殺」し断固戦争完遂に邁進する」(毎日新聞、1945年7月29日付)として発表しています。


ポツダム宣言受け入れを9月2日まで延ばして一億玉砕の方針を貫こうとしたことによって、各地の大空襲や、8月6日と9日の、許されざる原爆投下を招いたことは、言うまでもない歴史的事実です。


さて、このポツダム宣言、いったいどんな内容なのか。じつはぼくも読んだことはありませんでした。
昨年、戦後70年を迎えた2015年に、この本を手にとりました。

「ポツダム宣言」を読んだことがありますか?

「ポツダム宣言」を読んだことがありますか?

ポツダム宣言」にどんなことが書いてあるのか? 
小中学の教科書のたいていの教科書には「ポツダム宣言」の記述は出てきますが、どんな文章でなにが書いてあるのかまでは記述されていません。


原文は英語です(あたりまえか)。外務省の発表している公式訳は文語体なので、ちょっととっつきにくいし読みにくい。本書にはこちらも掲載されていますが、原文と文語体も載せて、対訳をつけています。あわせて当時の資料写真なども掲載しています。


ポツダム宣言は全部で13の箇条によって成っています。
第1箇条はこうです。がんばって、公式訳(文語体)を引用します。

吾等合衆國大統領、中華民國政府主席及「グレート、ブリテン」國總理大臣ハ吾等ノ数億ノ國民ヲ代表シ協議ノ上日本國ニ對シ今次ノ戰争ヲ終結スルノ機會ヲ與フルコトニ意見一致セリ

「e_e]゜エートォ、現代語訳します(苦笑)。

われわれ、米国大統領、中華民国政府主席、および英国総理大臣は、われわれの数億の国民を代表し協議の上、日本国に対し、今回の戦争を終結する機会を与えることで意見が一致した。

というようにはじまり、おもな内容としては、

  1. 日本軍隊の無条件降伏
  2. 武装解除と復員
  3. 領土の縮小
  4. 領土の占領
  5. 軍国主義の排除
  6. 民主主義の確立
  7. 平和産業の確保
  8. 戦争犯罪人の処罰

が条件として提示されています。


この本は、政治的思想的解釈から離れて、ポツダム宣言を原文で読んでみるというシンプルな目的でつくられています。意外にこういう本(史料)はないんですよね。


宣言自体は読み終えるのに15分あるかないかというところですが、71年の歳月を超えて、この宣言受諾から戦後日本がはじまったことを思うと、15分以上にいろいろと感じるところが浮かんできます。
戦争を語り継ぐ必要があちこちでいわれていますが、この本もまたそのひとつとして役割を与えられていると思います。

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