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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

半分笑って、半分怒って ~阿川佐和子『強父論』を読む

21 42歳からの子育て 30 自在眼鏡の本棚 34 エッセイ・コラム・散文

阿川佐和子『強父論』(文藝春秋)を読みました。
作家・阿川弘之さんが亡くなって一年、ついにというか、とうとうというか、「追悼」本として父娘の記録がでたんですが、そもそもこれは「追悼」しているのかどうか(笑)。

死者の生前をしのび、その死を悲しむということであれば追悼ですが、ここで書かれているのは一見して父親からほぼ一方的に罵倒される家族の姿であります。
瞬間湯沸器だったといわれる弘之さんに罵倒されること何千回だそうで、時にはユーモラスな面もあったといいますが、その薫陶のお陰で、娘は台所が精神的な避難場所となり、息を潜めるように暮らしていたと。多少、韜晦は含んでいましょうけれども。
お父さんは「恐怖」の対象なんですね。いまの人たちには、まったく理解できないだろうなあ。

著者ご本人が、内容の一端を紹介しています。
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徹子の部屋」にも出演されて。
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読みながら半分笑いつつ、半分理不尽と感じました。
もちろん他人の家の中のことは、その家の人でしか理解できませんので軽軽には判じられないですが、この父親のもとで子どもをやっていくというのは、大変だったろうなあ。よくグレなかったと感心します。

父親の理不尽さを「愛情表現のひとつ」と言うことは簡単ですが、それは受け取る側が決めること。
でもこうして、佐和子さんが故人との思い出をあちこちでしゃべったり書いたりしているのを見ると、これはこれでひとつの家族の姿なのだと思います。
あるいは、体の良い復讐だったりして。つるかめつるかめ。

ぼくも父親なので、この本を読んで単純には笑えませんでした。
娘や息子に、死んだらなんて言われるだろうか。
でも、そんなことに遠慮して生きていけるかっ、というのも、父親の意見であります(笑)。

佐和子さんは書かれていました。
「あたしって、お父さんの性格そっくりなんですって」と。
阿川家には、「大弘之と小弘之がいる」ともいわれたそうです。

血は争えませんね(微笑)。

強父論

強父論