読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

没後20年。星野道夫写真展にでかけてきました

20 同時代ノート 30 自在眼鏡の本棚

名古屋から仕事で来京している、畏友の那古野さんと一緒に、松屋銀座で開催されている、「没後20年 特別展 星野道夫の旅」を観てきました。
www.matsuya.com
www3.nhk.or.jp

早いもので、星野道夫が亡くなってから20年です。そういえば司馬遼太郎も亡くなって今年で20年。
Category:1996年没 - Wikipediaというページもありました。

本展では星野道夫の代表作約250点を一堂に展観。グリズリーやカリブー、ムースなどの野生動物たち、人々の命のつながりを見つめた珠玉の作品を改めて振り返ります。さらに長年使用されたカメラやカヤックスノーシューなど星野道夫の息づかいが伝わる愛用品も公開。(同展覧会HPより)

ここでは、星野が19歳のときに、アラスカのシシュマレフ村の村長宛に送ったという、直筆の手紙を見ることができました。
神田の洋書専門店で買ったアラスカの写真集を見て、そこに掲載されていたシシュマレフ村を訪問したいと村長に手紙を送ったんです。その半年後、村長本人から訪問を歓迎する旨の返事がきて、彼は飛行機を乗り継いで、その村にたどり着くんですよね。
彼の写真家としての半生は、ここからはじまるわけです。

手紙、というのが、なんというか、時代ですね。
返事が届くまで半年という時間が、青春でもあります(他人事ですが(笑))。
20年前のアラスカは、日本からはずいぶん遠かっただろうなあ。

その間、星野青年はなにを考えて日々を過ごしていたのか。焦っていたかもしれないし、待ち遠しかったでしょうね。不安と期待とが入り交じった日々。
返事が来てから、翌年の夏に渡航するまでは、わくわくしただろうなあ。不安よりもあれもしたいこれも聞いてみたいと、リストアップしていたでしょうね。
なんてなことを勝手に思ってしまいました。

その手紙を眺めると、彼の死の無念さが改めて感じられます(彼の死の顛末はTBSによって「遭難報告書」としてまとめられている)。「浅き川も深く渡れ」と言っていた人だけに。

この写真展について、星野道夫さんのご夫人であり「星野道夫事務所」代表の星野直子さんのラジオ番組でのコメントを転載しておきます(改行、引用者)。

野生動物だったり、自然の姿だったり、人々の暮らしだったり、いろいろなテーマの写真があります。
(写真に写っているものの)その先に、命を見つめながら撮っていたと思いますので、たとえば動物の写真の背後に流れる自然の時間なども感じていただけると思います。
特に、これからの時代を担っていく、若い人たちにとって、『こんな世界があるのか』とか、『あのとき、あの写真を見て、こんなことに励まされたな』と感じていただけるような機会になれば嬉しいです。(「銀座でアラスカ? 星野道夫の世界を堪能」J-WAVW NEWS HPより)

最後に、ぼくが以前投稿した星野道夫についての一文も添えておきます。
彼自身の写真を見るたびに、あの暖炉で爆ぜる薪の音を思い出します。
thx.hateblo.jp