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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【芥川賞直木賞予想 #155-7】高橋弘希「短冊流し」を読んでみた

30 自在眼鏡の本棚 33 小説・創作 37 芥川賞直木賞ウォッチ

綾音が熱を出したのは七月初旬のことだった。
その日、綾音と私と一緒に朝飯を食べていたが、頭が痛いと言い、茶碗の半分ほど残した。綾音の手を握ってみると、少し熱を持っている。しかし体温計で計ってみると、三六度八分の微熱しかない。やや下痢もあったので、念の為に保育園は休ませ、小児用バファリンを飲ませ、もう一度、床に就かせた。ピンクのパジャマ姿の綾音は、布団に入るとすぐに寝息を漏らし始めた。タオルケットから伸びる綾音の小さな手を、再び握ってみる。普段の綾音の体温とは、何かが違う。じわりとした温もりの中に、茨のような鋭い熱感が僅かに混ざっている。

今回の芥川賞候補作のなかでいちばん短い作品。短編だ。
自分の子どもがふいに病気になる。冒頭の不穏さは現実のものになって、意識不明に陥り子どもは入院することになる。主人公はサラリーマンで、しばらく前に妻とは離婚した。
子どもは快復する様子を見せない。主人公は元妻を呼び寄せるが、とくだんふたりの関係が修復する様子もない。さて、不穏さをたっぷりとしみこませた物語はいったいどこへ向かうのかと気になる読み手を放って、物語はさっさと幕をおろしてしまう。
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いや、いいんですよ、あっけない幕切れでも。
でもさ、けっきょく、なんだったんだろう。この話はなにを言いたかったのか。
太平洋戦争前の日本を舞台に、結核の妻を見舞う夫の視点で描かれた「朝顔の日」に似ていなくもないが(この作品も芥川賞候補作だった)、それがいったいどうしたというのだ。

ぼくは、彼の筆力が並々ならないことは充分に認めていて、芥川賞もいつかとってもらいたいと、デビューのときからずっと思っていたけれど、この「短冊流し」では如何ともしがたいだろう。

朝顔の日

朝顔の日