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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【芥川賞直木賞予想 #155-4】村田沙耶香「コンビニ人間」を読んでみた

30 自在眼鏡の本棚 33 小説・創作 37 芥川賞直木賞ウォッチ

※ネタバレあり

コンビニエンスストアは、音で満ちている。客が入ってくるチャイムの音に、店内を流れる有線放送で新商品を宣伝するアイドルの声。店員の掛け声に、バーコードをスキャンする音。カゴに者を入れる音、パンの袋が握られる音に店内を歩き回るヒールの音。全てが混ざり合い、「コンビニの音」になって、私の鼓膜にずっと触れている。

主人公の聴覚はコンビニ店内の音を漏れなく拾い上げ、私は状況を適確に察知していく。さながら、カメラがパンをするように、描写と会話が作品の冒頭から2ページほどつづくが、読んでいる方はその流れに乗るのが心地よい。
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主人公・古倉恵子は、スマイルマート日色町駅前店のアルバイト店員を18年もつづけているベテランだ。ほぼ完璧に業務をこなし、人間関係も良好だ。
コンビニの中だけでは。

彼女はそこ以外では、みんなとは違う人間だと識別されていると感じていた。
幼い頃、恵子は公園で死んでいた小鳥を見て、

お父さん、焼き鳥好きだから、今日、これを焼いて食べよう

と言い出す子どもであり、学校で同級生男子のけんかを止めるために、

悲鳴があがり、そうか、止めるのか、と思った私は、そばにあった用具入れをあけ、中にあったスコップを取り出して暴れる男子のところに走って行き、その頭を殴った

女の子であった。彼女にとっては、それが〈一番早そうな方法〉だと思えたのだ。

その行動には何の悪気もないし、彼女は周囲が騒いだり嘆いたりするのが解らない。何が間違えているのか解らないのだ。両親は「なんで治らないのか」と嘆き、周囲は彼女を「違う人間」だと識別した。恵子はやがて自分の意志で動くことを、自ら放棄してしまう。

そして、彼女はコンビニのバイトを見つけ、それが自分に適ったものだと知るのである。そこではマニュアルに自分自身を委ねることで、彼女は正常な人間になれると認識できるのだ。

私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。

しかし、そんな彼女を周囲はほっといてくれない。なぜアルバイトを18年もやっているのか、結婚はしないのか、子どもはつくらないのか。異分子にたいする認識フラグは、言葉や視線や距離感で即座に立つ。
その識別に対抗すべく、恵子は「変化を求め」、女性客をストーカーしてクビになった元バイト店員の白羽と同棲することにする。

ここ二週間で14回、「何で結婚しないの?」と言われた。「何でアルバイトなの?」は12回だ。とりあえず、言われた回数の多いものから消去していってみようと思った。

同棲相手の白羽は、世界は縄文時代から「ムラの方針」に支配され、弱肉強食の世界であり、女はカネと体力のある男にかしずいている、というステロタイプもいいような世界観を持った男である。自分がうまく行かないことはすべて「ムラの方針」のせいであり、さりとてその「ムラ」から出ていこうとはしない。
これはこれで面倒くさいことこの上ないのだが、恵子の論理はその屁理屈をも超えていってしまう。このあたりの恵子と白羽のやりとりが、まあおかしい。
芥川賞候補で、こんなに笑ったのははじめてだ。

白羽からの求めもあって、彼女は次にコンビニを辞めることにする。だが、18年の「コンビニアルバイト生活」という水槽から抜け出すことは彼女を激しく損なっていくことになる。
「コンビニ人間」として息も絶え絶えの恵子を、最後に救ったのは「コンビニからの声」だった。

正常と異常の境界線はどこなのか、なぜ人は他人をほっとかないのか、そんなテーマは即座に浮かぶのだが、ぼくにとってはそんなことよりも、恵子という「異なった論理」の持ち主のほうが気になってしまう。
なんていうか、人工的、もっというなら人工知能の初期バージョンのような不具合さを、彼女には感じてしまう。なにより、彼女は世界に対して暴力的ではないのだもの。

さて、この作品、ぼくはまず充分に芥川賞を獲る可能性があると思う。
いや獲って欲しい。そう思う作品。
瑕疵があるとするなら、物語の閉じ方にあるだろうか。でも、ぼくにはそんなことはどうでもいい。


文學界2016年6月号

文學界2016年6月号