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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

司馬遼太郎の未発表原稿を読んで思ったこと

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年が明けてからこっち、facebookに近寄らないでいた。それ自体に大した意味があるわけではなく、飽きたというのでもなく、要するにS/N比の高い時間を持ちたかったからだ。
といっても、完全にシャットアウトというのは難しいから、ときどき覗きにいく。そのときには、アクセスしたら3分以内に離脱することにしている。

昨日またまたアクセスしたら、タイムラインにデヴィッド・ボウイが亡くなったことがずっと流れていた。

北の湖原節子水木しげる野坂昭如、年が明けたら、竹田圭吾と立てつづけに他界していくのを、ぼんやりとfacebookのタイムラインで眺めながら、訃報を知る術にはもはや<昭和>には似つかわしくない風景だと気づくのに、そんなに時間はかからなかった。
ここに来て、デヴィッド・ボウイも、だ。

祝日の昨日、子どもたちと外出した先で、いくつか嫌なこと、意に沿わないことに重なって遭遇し、連れ合いや子どもたちに当たり散らした。その気分が、ますます自分を苛立たせる。

家族に煙たがられ、ひとり立ち寄ったコンビニで、ふと『文藝春秋』今月号を買った。
司馬遼太郎の未発表原稿が載っている。
司馬さんも没後20年。来月は菜の花忌だ。

未発表原稿は「『竜馬がゆく』がうまれるまで」というタイトルだった。文字通り『竜馬がゆく』誕生のエピソードである。産経新聞の社内報に掲載されたものだ。昭和37(1962)年1月号とある。

司馬さんが産経新聞に長期間新聞小説を連載するにあたり、坂本竜馬という人物を書いたらと提案された。
それを聞いたとき、彼は即座にこう思ったという。

私は、なんの感興もおこらなかった。維新の勤王の志士か、と思った程度であった。

乗らない気持をうまく隠すように、そして同意を求めるかのように「坂本竜馬」というテーマを提案されたことを奥さんに伝える。

「きょうマロ(渡辺君の異名*1)が訪ねてきよって、例の調子で、おっさん、坂本竜馬書いとくなはれ、ゆいよった。相変わらずけったいな奴っちゃ」
家内が笑うかと思ったら、意外に大真面目な顔で、
「あたし坂本竜馬が大好きや。どんな人かよう知らんけど、歴史上の人物のなかでいちばん魅力がある。女の人、みな、そうとちがうやろか」
この瞬間、私はいままで考えていた伝奇小説の構想を一擲した。

即断しすぎじゃないすか、司馬さん(笑)。

とまれ、ここから一気に小説化が進み、この原稿を書いているときはすでに連載がはじまっていた。

司馬さんは、この小説が読者の好反応を得ていることについて、

私は、読者の雑踏の中で小説をかいている実感を、ひしひしと感じている。この小説が受けているのは、私の筆のせいではなく、はっきりと竜馬自身の魅力によるものだと思う。
<中略>
人間は、いつかは死ぬ。
竜馬も、いつかは死ぬ。
そのときがこの小説の完結だが、その年がちょうど、竜馬没後百年にあたる。没後百年にして、竜馬がふたたびいきいきとよみがえってこの世間を闊歩してくれるよう、私は一生懸命になりたい。

と最後を締めた。

<昭和>が遠くなったのなら、自分がそれを引き寄せればいいだけだ。
こうして生き残っている者には、それが出来るのだ。

ぼくは、家族を迎えに、ショッピングモールへと足を向けた。

thx.hateblo.jp

*1:引用者注:渡辺氏は司馬さんに坂本竜馬を書いたらと提案した人物