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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【42歳からの子育て】公園ビール

子どもたちが自分から「公園へ行きたい!」といいはじめたのは、今年の初夏あたりだったからか。記憶はいつも残酷に曖昧になっていきます。

公園では、ボール蹴りしたりすべり台に上ったり砂遊びをしたりと、自分たちのやりたいことをさせているので、付き添いのこちらとしてはちょっと手持ち無沙汰になることがあります。
そんなときは、ぼんやりとあたりを見廻したり、他の子どもたちや親御さんの会話を聞くともなしに聞いたり。

季節が進むにつれて陽射しも強くなっていくし、子どもたちもどんどん動くようになっていくから、喉も渇きます。公園までの途中にあるコンビニで、水分補給のウォーターペットボトルとパン菓子を買っていくのは、それまでもやっていましたが、その日ふと目にとまったのが、ビールでした。

そうか、ビールがあったな。
コンビニの外を見ると、太陽が照りつけています。

そうか、ビールがあった。

こうしてはじまったのが「公園ビール」です。まあ、ベンチに座って、ひとりグビグビやるだけですけどね。それも、一缶だけという制約をつけて。

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思えば、いろんなビールとの出会いがありました(笑)。
ざっと挙げたビール以上に飲んでいるはずです。幸い、娘にはまだ咎められていません。安心して来年も飲んでいけるようです(笑)。

ビールを飲んでいる間、いろんなものが通り過ぎていきます。
声や音や、風、雲、なにかの切れ端や砂埃。誰かの影が目の前を過ぎり、誰かを呼ぶ声が聞こえてきます。人がいようがいまいが、空気はいつも動いていて、ぼくはビールを飲みながらそれを感じつづけています。

ビールがうまいとかまずいとかというのではなく、なにかを感じるための儀式なのかもしれませんね。
あるいは、体の良い言い訳(笑)。

そう思いながら、ベンチにすわって缶ビールを傾けていると、あ、子どもたちが向こうから呼んでいます。

おとーさんは、そろそろ腰を上げることにしますか。