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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【芥川賞直木賞予想 #154-2】それぞれの候補作を一作ずつ読んでみた

30 自在眼鏡の本棚 37 芥川賞直木賞ウォッチ

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12/21に発表になってから、コツコツと読んでいます。今回は両賞合わせて11作品。すべて読めるかどうか自信がなく、ひとまず芥川賞候補作はすべて読もうと思っています。

んが、図書館から文芸誌を借りるのに時間がかかっているので、ひとまず直木賞も読んでみることにしました。有難いことに、直木賞はすべて出版されていて、かつ電子書籍でも揃っているので、ポチッとすれば数秒で手元に届きます(皮肉)。

一等最初に読んだのは、梶よう子『ヨイ豊』(講談社)。
あらすじは--

元治2年(1865)2月、浮世絵師・清太郎の師匠で、義父でもある三代豊国の七七日法要が営まれる。
三代は当代きっての花形絵師。歌川広重歌川国芳と並んで「歌川の三羽烏」と呼ばれた。

すでに広重、国芳を亡くし、歌川の大看板・豊国が亡くなったいま、誰が歌川を率いるのか。版元や絵師、公演者たちなど集まった弔問客たちの関心はそのことに集中した。
清太郎には義弟の久太郎と、弟弟子の八十八がいた。久太郎は清太郎と同じく、門人から婿養子なった弟弟子。
そして八十八は、清太郎より歳が一回りも下の弟弟子。粗野で童のような男だが、才能にあふれている。八十八が弟子入りしてすぐに三代はその才能を認め、挿絵を大抜擢で任せたりしたものだ。
かたや清太郎が三代に褒められたのは、生真面目さしか覚えがない。その上、版元たちからは、三代の通り名「大坊主」を文字って、「小坊主」と呼ばれる始末。

いったい、誰が「豊国」を継げようものか。清太郎は、苦い振る舞い酒を口へ運んだ──。
黒船騒ぎから12年が経ち、京の都には尊王攘夷の嵐。将軍さまは京に行ったきりと、徳川の世は翳りはじめていた。時代のうねりの中で、絵師たちは何を見、何を描き、何を残そうとしたのか! (Amazonより)

一読、この一作で決めてしまっていいんじゃないかと思ったくらいでした。文章、ステーリィテリングともに、うまいですねえ。なにより、面白かった。
ストーリィとしては、浮世絵師・清太郎が、四代目豊国を名乗っていくまでのいわば「教養小説」なんですが、激動する幕末の世相と、浮世絵師たちの時代と格闘しようとする意思とか相俟って、うねりの高い展開になっています。
キャラクタに滅多に感情移入しませんが、登場人物のひとり、八十八の破天荒な生き方には、清太郎同様に何度も舌打ちしてしまいました。この時点で、この本に魅入られているわけですね。

つづいて、芥川賞候補作は、滝口悠生「死んでいない者」(文學界12月号)。
目次によると、

通夜に集まった親族が遭遇する見えない奇跡。生者と死者の声が交錯する問題作

とのことだ。
故人につらなる何人もの人物が入れ替わり立ち替わり登場し会話し行動し・・・いい加減付き合いきれなくなってくるが、そのギリギリのところで読み手を惹きつけている気がするが、何とも言えない。面白かった/つまんなかった、で言えば、詰まんなかったです。
ひとまずは後4作品をはかる基準値として設定しておく。

さて、どんどん読んでいきましょう。