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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【#209】クリスマスを彩る小説 #1 ~ O・ヘンリー「幻の混合酒」

30 自在眼鏡の本棚 33 小説・創作

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クリスマスもあと少し、ということで、積ん読王からのささやかなプレゼント。
まずは、数あるO・ヘンリーの短編から、「幻の混合酒」(『1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編 』[光文社古典新訳文庫]所収)。

毎年年末近くになると、つい手が伸びる本がある。
山口瞳『酒呑みの自己弁護』(ちくま文庫)。べつに、酒の飲み過ぎだからといって反省するわけではないんです。

この本を読み進めていくと「失われた混合酒」という章があって、その冒頭にこうある。

酒がテーマになっている小説では、O・ヘンリーの『失われた混合酒』の右に出るものはない。

しかも、

私は『洋酒天国』というPR雑誌を編集していて、酒の出てくる小説を開高健と一緒に片っぱしから読みあさった時期があるから、自信をもって断言する。

とある。

これは読まないわけにはいかない。
長いことO・ヘンリーの短編集は新潮文庫版が定番だったが、しばらく前に新訳で光文社古典新訳文庫でも登場した(が今年2015年には小川高義訳で3冊の新新訳文庫版がでた。残念ながらそのなかに、この短編ははいっていない)。くだんの短編はしっかりと訳されている(タイトルは「幻の混合酒」)。
O・ヘンリーだけに、違った意味でこれは「賢者の贈り物」である。

さて、話のほうはというと。
コン・ラントリーは、ケニーリーの経営する酒場のバーテンだ。仕事では几帳面で責任感も強いが、酒は呑まないし、じつは女性恐怖症でもある。
だから、ケニーリーの娘キャサリンに恋心を抱いていても、彼女の目の前ではいつもおどおどしてしまう。ある夜なども、コンはキャサリンに声をかけられるが、アドリブが効かずにいつものようにしどろもどろで終わってしまうという体たらく。

ある日、ケニーリーの店に、ライリーとマッカークという屈強な男ふたりがやってくる。彼らは裏の部屋に棲みつくや、瓶やコップやらを持ちこんで、何やら日がな一日カクテルの研究に没頭しはじめる。
ライリーは、コンに自分たちがなぜカクテル研究をしているかを打ち明ける。

ふたりが、昨夏ニカラグアで酒場を開業しようとして、船に乗っていたときのこと。
上陸直前に、船長が彼らにこう教えた。

ニカラグアでは、瓶詰めの酒には48%の関税がかかるのだ」

その税率の高さに驚いたふたりだが、樽詰めなら非課税だと知って、船長から譲ってもらった船荷の樽に、自前で持って来た酒を慌てて注ぎこんだ。
上陸後、ふたりが樽を開けてみると、ひとつ目の樽の中身はとても呑めたもんじゃない代物になっていたが、もうひとつのほうは、

勇気がむくむくと湧いてきて意気に燃えるっていうか、なんだってやってやろうじゃないかって熱くて図太い気持になる

という、黄金の透明な液体へと変化していた。

その酒を彼の地で売って大儲けして帰国したふたりだったが、偶然にできた産物をもう一度再現させなければ破産寸前という懐具合になりはてた。もちろん、いまになってもまだ再現はできていない。あの黄金の液体をつくるのには何かが足りないのだ。

一部始終を話し終えると、ライリーはコンに一杯すすめる。
しかし、彼はやんわりと断る。その断るセリフのなかに、例の幻のブレンド再現への手がかりがあるのだが、これはこの短編のキモなのでここでは伏せておく。

その後幻のブレンドを誕生させたライリーとマッカークは、その酒の成分も手伝って部屋の中で暴れまくった揚げ句、ついにお縄の事態に陥ってしまう。
コンは、その喧騒のなか、テーブルの計量カップの底に残った液体を、口にしてみた。

そして部屋を出て廊下を過ぎようとすると、キャサリンが声をかけてきた。
すると彼はいきなり彼女を高々と抱え上げるや、ぼくたちは結婚するだろうと告白し、そのまま抱き締める。そのあとのキャサリンの一言に読み手はニヤっとするはずだ。
 
この短編には、酒という液体が持つ呪術性みたいなものがくっきりとあらわされている。
ライリーたちの暴力も、コンの”勇気”も、酒が与えた魔術にほかならない。山口瞳開高健が気に入った理由も、ひょっとしたらこの一編に酒の持つ<原初性>みたいなものが端的にあらわされているからではないか。
忘年会シーズンたけなわのこの時期、というわけではないが、ハート・ウォームとか、人生の機微、皮肉、といったキーワードで語られやすいO・ヘンリーの短編にあって、ちがう一面を見せてくれる一編だ。

1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編 光文社古典新訳文庫

1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編 光文社古典新訳文庫