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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【カラマーゾフの習慣 #2】ある家族の物語がはじまる。

23 風満楼日誌 24 日記(カラマーゾフの習慣) 36 古典

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すっかりご無沙汰の(他にもそんなテーマはいっぱい転がっているけれど)、『カラマーゾフの兄弟』読破の企みですが、こつこつと進めています。手元の進行表ではもう2巻目に入らないといけないんですが、ええまだ1巻目の前半をウロウロしています。
おもに通勤電車のなかで目を通していますが、ラッシュ時間ではなかなか本は開けないですから、ただでさえ20分もない電車時間はそんなに有効に使えていないというのが現状。

ぼくが読んでいるのは、光文社古典新訳文庫の亀山郁夫訳版。
これからページ数をカウントしていきますが、すべてこの亀山版のページ数になります。

*

赤穂浪士「討ち入りの日」の今日まで、p.163まで読みました。
目次で言うと、第1部第2編「場違いな会合」、5「アーメン、アーメン」の途中です。文章自体はわりと読みやすいので、いまのところ難儀はしていません。

それにしてもヘンな家族の物語ですね、この話は。
第1編「ある家族の物語」では、カラマーゾフ一家の来歴が披露されます。
まず父親のフョードル・カラマーゾフさん。彼は徹頭徹尾、カネと女にしか興味のない男です。カラマーゾフ一家の来歴はそのままフョードルの悪行をなぞることを意味しています。

彼には3人の息子と1人の私生児がいました。まあ子どもがどうなろうが、フョードルははなから眼中にはございませんし、そもそもそんな自分の人生や生き方に恬として恥じない。

さて息子たち。
長男のドミートリーは27歳の退役士官。婚約をむすんだ娘がありながら、グルーシェンカという女に惚れて父親の恋敵になる。次男のイワンは合理主義者、無神論者です。三男のアリョーシャは幼いときから僧院に入って修行し、キリストの愛によって肉親たちを和解させようとします。
まだ私生児はでてきません。

諍いはフョードルとドミートリーにありました。遺産や財産をめぐるいざこざがふたりの間に起こっていたのです。まあ、これだって、フョードル親父がそもそもの引き金です。

どうにものっぴきならない事態を解決しようと、親父は教会のゾシマ長老のもとで、家族会議を開こうとします。アリョーシャはちょうどゾシマ長老のもとで修行していましたから、彼としても渡りに船だったわけですが、父親の性格を知っている者としては会議なるものがそんなにすんなりとうまく運ぶはずがないと解っていました。

しかし、ドミートリーが長いこと世話になっていた、ピョートル・ミウーソフおじさんがやたらとこの「家族会議」に乗り気で、ついにみなさん、お忙しいゾシマ長老と会うことになります。

かなり端折りましたが、物語は第2編へ入って行きます。(つづく)