読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

娘の5歳の誕生日に。

21 42歳からの子育て

今日、娘が5歳になりました。
大過なくこの日を迎えられて、親としてはなによりも良かったと思っています。
親御さんなら誰しも思うことかもしれませんが、息災に過ごしてくれることが、まずは有難いことです。
常日頃、声をかけていただいているみなさんには、報告とともに感謝いたします。

3歳から4歳へとのきよりも、4歳から5歳へときのほうが、近くから見てもぐんと成長した気がします。
体つきも、4月から毎月1cmは伸び続けてきましたが、体重は20kgまではまだいきません。
感情面では、まだうまく自分をコントロールはできないですが(ぼくだってできてない)、無意識に発散したりいなしたりしているようです。
保育園の先生からは、今夏を過ぎてクラスの中でも成長著しいのは、うちの娘だと報告いただきました。

思えば、ぼくたち夫婦の40代は、この子とともに歩んできました。高年齢での初めての子どもでした。
子どもは親の背中を見て育つ、とよく言われますが、親だって子どもの後ろ姿で成長を感じるときがあります。

ふとした言葉遣いや、他者とのコミュニケーションのとりかた、距離の置き方などにももちろんハッとさせられますが、ぼくらのまえを走って行く姿やぽつんと独りでいる姿に、ぼくは「ああ、この子も成長しているんだな」と強く感じることがあります。

走りながら左右に揺れるポニーテール、
夕陽を眺めながら垣間見せる寂しそうな表情、
ショーウィンドウを覗いてみたりしている好奇心、
どれもが日常のささいな振る舞いですが、ふだん接することが少ないぼくにとっては、一種の「定点観測結果」であります(えーと、これらは単なるおとーさんの「女性理想像」ではないと思われます。明確に否定はできませんけれど(笑))。

ここからの1年は、小学生という次へのステージの準備期間になります。
慣れ親しんだ現在の環境は再来年春には卒業することになります。
ぼく自身はわりとその意識を強く持っているので、広い意味で、「年長」という最後の一年間を無事に思い切り楽しんでもらいたいと同時に、新しい環境に適応できるような力を、うまくつけてあげたいと感じています。

そして。
今日は1941年12月8日の、日本海軍によるハワイ真珠湾攻撃から74年目になります。
娘が自分の誕生日と同じ日にあった「出来事」を認識するときもそう遠くはないでしょう。
戦後70年はもうすぐ暮れます。
その「出来事」が「どういう意味を持っているのか」ということを人々は、やがて考えなくなるかも日が来るかもしれません。娘が長じるときは単なる「昔の出来事」になってしまうかもしれません。
ぼくとしては、たとえ「昔の出来事」に埋没してしまうかもしれないけれど、「それがどういう意味を持っているのか」ということは、ひとりの日本人として考えてほしいと思っています。

今日は、家族みんなで、娘を祝ってあげようと思います。
娘ともども、変わらずに声をかけていただけたら、とてもうれしいです。