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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【小さな旅】ホノルル・マラソン。 彼らが差し出したものは本当にビールだったのか? (2)

20 同時代ノート 80 小さな旅

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承前

ひとりきりで走る

ツアーに一緒に来た、知っている顔が次々とその波間に消えていった。
ひとりになったんだ、ひとりで走ることになったんだ、と強く思った。

30キロまでは、1キロ8分のペースを維持することにしていた。それから、給水場では、水を必ず口にするようにもしていた。脈拍は、40~165の間に留めるようにもした。左手首のセイコー社の脈拍測定時計・パルスグラフ*1をちらちらと見遣る。

クリスマスのネオンが静かに灯るダウンタウンを、粛々と走っていく。
沿道からは、朝早いというのに、けっこう声援と拍手が飛んできた。空は相変わらず曇っていて、マラソンには好条件だが、ダイヤモンド・ヘッドのあたりでは、期待していた朝日は見ることができなかった。

そこを抜けて、カハラ地区に進み、ハイウェイに乗る。ハイウェイはコースの3分の2を占めていて、折り返し地点もそのなかに含まれている。20キロくらいまでは、ほぼ予定通りのペース。そろそろ歩き出している人も目立ちはじめる。フィニッシュは、4時間30分くらいかな、と目算だけは簡単につけた。

しかしながら僕にとっては、20キロより向こうは、じつは「テラ・インコグニタ(未知の領域)」なのである。今日の今日まで、僕はそれ以上を走ったことはなかった。5キロ、10キロというロードレースにさえも、ここに来るまでひとつも参加したことはなかった。
一回だけ新宿~青梅間42キロを歩いたことはあった。けれど、そのことと同じ距離を走るということとは、まったく違う次元のことだということも、はっきりと認識していた。
文字通り、20キロは僕とって「イベント・ホライゾン」なのである。そこから向こうの世界では、何が起こるのか解らないのである。

ミザリー」を思い出す

25キロを過ぎたあたりから、まず左膝の下あたりが悲鳴を上げ出した。若干ペースを落としたものの、身体の他の部分へと連鎖は始まっていた。
左膝を庇うために身体のバランスが崩れ、程なくして右脚にも痛みが伝播した。さらに身体はブレていく。

そのとき、僕は折り返しのゆるい周遊コースに差し掛かっていた。前に出す一歩が、痛く、辛い。ふと映画「ミザリー」の1シーン、縛られた作家の足に、キャシー・ベイツが、槌を思いきり振り下ろしている様を思い出した。
ついでに、先日観た「ヨーロッパ拷問展」にあった、内側にトゲの生えた鉄輪をがっしりと嵌められた人の記憶も甦ってくる*2。なにも、こんなところで、思い出さなくてもいいだろうにねえ。

上半身は特段呼吸が乱れているわけでもなく、スタミナ切れという感じはまったくなかった。
ただ、脚だった。脚だけが軋みをあげていた。

踏み出すたびに、足の裏から何かに殴られているようだった。気を紛らわせるために、持ってきた氷砂糖を口に含んだ。じんわりと甘さが、舌の上で広がり、そして身体に広がっていった。
けれど残念ながら身体が欲しがっているのは、そんな誤魔化しではなかった。

村上春樹の呪文をとなえる

よく覚えていないが、30キロの手前だと思う、ふと足が止まった。歩き出してしまっていた。悔しいとか、情けないとかは思わなかった。何かが切れたのかもしれない。そうじゃないかもしれない。ただ、自然に歩き出していたのだ。
そこから再びダイヤモンド・ヘッドを見るまでは、歩いたり走ったりの繰り返しだった。

痛みが和らいできたところで、また走ろうとすると、間髪いれず脚が痛みを訴えた。何とか無視して走り出す。地面からの増幅された衝撃は、容赦ない。しかし、すぐに歩くのも躊躇われた。走り出しが、一番脚が激しく痛むということを解っていたからである。

たくさんの人たちに追い抜かれ、また彼らを追い越していった。4時間半なんて目標は、どこかに飛んでいた。それどころか、5時間を切るのも難しかった。けれど、何とか5時間30分は死守したいと思った。

最後の給水場で最後の水を飲んだ後で、何十回と繰り返してきたように、また走りはじめた。
5時間30分のために、走ろうと思った。

「完走」という目標がとっくの昔に潰えている今は、脚の痛みに拮抗できるのはどこを探してもそのくらいしかなかった。太陽がずいぶんと高くなっているのに気がついた。ゆっくりと雲が切れはじめていた。

ダイヤモンド・ヘッドを周る頃、「ビール、ビール」と僕は呟いていた。村上春樹のエピソードを思い出したのが何割か、気を紛らわせるのが何割か、本当に冷えたビールがほしかったのが何割か。

まだビールは呑めない

そんな時、沿道から突然「Hey, Beer」と声が響いた。ゴールまで、あと2キロちょっとというところで、庭先でバーベキューをしていた人たちが、いきなりコース上に出てきて、「ビールだぜ、飲んで行けよ」と口々に紙コップを差し出しはじめたのだ。

5、6人が一様に赤ら顔で、笑いながらあるいは肉なんか頬張って。それを見た途端、思わず腰がくだけそうになった。なかなか強力な誘惑のカウンターパンチだった。その辺のランナーたちは、一斉にそちらを振り向いたし、じっさい前を走っていた何人かは彼らのほうに近寄っていったり、「ビール」が入ったコップを受け取ったりした。
僕も、ついふらふらと近づいていった。好奇心は猫をも殺すのである。

頭のてっぺんまで真っ赤な細面のおじさんから、コップを差し出された。僕はおじさんに向かって、ちょっとニヤッとした。おじさんも笑っていた。
でも、コップは受け取らなかった。
そりゃないだろう、おじさん、だっておれはまだゴールしていないんだ。
まだ決着がついてないんだ。
そのために走ってるわけじゃないけどさ、やっぱり、ビールってのは、ゴールしたあとに飲むべきものじゃないのか。冷たく、きりりとしまったビールなら、なおさら。

そうでしょう?

後で聞いたけれど、コップの中身はビールではなく、単なる水だったというけれど真偽は解らない。今となっては、どっちでもいいやという気がするけれど、それもまたレースのなかでしか味わえない光景のひとつである。

おじさんたちの庭先を過ぎると、ゆるやかな下り坂がずっと先まで延びていた。声援がそこかしこから聞こえてきた。そのヴォリュームもだんだん大きくなってきた。人の垣根ができはじめていた。
僕はまた「ビール、ビール」と口の中で呟いていた。

ゴールが見えてきたときには、さすがにぐっと熱いものがこみあげてきた。改めて、奥歯を噛み締めながら、ゴールの上の時計を見あげた。
5時間24分27秒。
それが僕にとっての最初に走ったフルマラソンの公式記録となった。
その時間のなかには、確かに、それ以上の時間が凝縮されていた。(おわり)

*1:うわ、懐かしい。まだあるのかなあ。

*2:鉄の処女」のこと。