読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

八方塞がりからどうやって「人生脱出」したのか 1 ~ 和田一郎『僕が四十二歳で脱サラして、妻とはじめた小さな起業の物語』

f:id:zocalo:20151119055933j:plain

いったい、起業だとか独立とかいうものは、どういうプロセスをたどっていくものなのか。
熱い情熱と類い希な才能があって、はじめてなし得るものなのか。

そう書きながら、いやぼくはそういうことを訊きたいんじゃないと自覚している。
うまい問いがでてこない。「起業」というものを知りたいと思いつつ、質問自体が設定できないでいる。

そんなことをぼんやりと思っているときに、ふと手にしたのが、和田一郎『僕が四十二歳で脱サラして、妻とはじめた小さな起業の物語』(バジリコ)だ。

中味はオビ文の通り、いやちょっと違う。
彼は会社を辞めるとき、胸に抱いていた起業プランを捨てている。捨てたというより、断念したのだ。
無計画で、無職。さしたる資金もなく、思いついた起業アイデアはことごとこく否定される。
暗中模索で数ヶ月を過ごしたあと、ようやく彼は中古着物を海外に売ることを思いつく。

ストーリィとしては、ある意味これだけである。

が、ぼくはこの本にとても惹かれた。
この主人公の「設定」に。
資金もなく、ローンと家族を抱え、なにか突出した才能があるようでもなく(失礼! 本人自己申告。でも英語はできたし百貨店での催事企画業務が長かった)、なにか強烈にやりたいことがあるわけでもないし、起業プランはことごとく周囲にダメ出しを喰らっている。奥さんは働いていない。娘はこれから大学受験などを控えている。

これを八方ふさがりといわずして、何を言う、ですよね。
ここから、どうやってナリワイを見つけていったのか?
起業に興味なくともこれは惹かれる話です。

ちなみに、ご本人のブログはこちら。kyouki.hatenablog.com


ちょっと整理させてもらいます。(つづく)