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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【ブックブレイク #6】宮崎駿『風立ちぬ』に思ったこと 2

10 武蔵小杉読書会 98 ブックブレイク

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前回まで。thx.hateblo.jp

「薄情者」

映画『風立ちぬ』を最後まで観て、「戦争の道具を作った人間の映画を作るんですか?」という周囲の問いに、宮崎自身、答えていないじゃないかという、「ブックブレイク」プロデューサーのInaさんameblo.jp

この『風立ちぬ』という映画は、堀越二郎という青年の「生来のいびつさ」みたいなものを描いていると、ぼくは思っています。
彼は徹頭徹尾、美しいものしか愛していないんですね。
飛行機(零戦)しかり、妻の菜穂子しかり*1

しばらく前に、堀越二郎の伝記を読んだんですが、彼は自分の設計した飛行機が飛ぶのを見て「美しい」と叫ぶんです。
もちろん、実在の人物と映画の登場人物を混同しちゃいけないと諒解していますが、彼(映画のなかの)は人間としてあるいは日本人として、他人の心とか機微とかがよく解らない人物なんです。
妹をして、彼は「薄情者」と呼ばれてしまう。岡田斗司夫は「人情がない」とまで評していますね。ぼくは「非人情」といいましたが、それだと漱石の『草枕』を彷彿とさせてしまうので、ちょっと訂正します。「薄情」くらいかな。
でもそれを彼自身が否定するわけではない。「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないけど、よく解らない」という感じでやり過ごす。

シベリアを受け取るべきか

ぼくがInaさんに「薄情者」の一例として挙げたのが、例の子守をしている女の子に、お菓子のシベリアをあげようとするシーン。
シベリアというのは、羊羹をカステラで挟んだ「和菓子」のようなんですが、生クリームの代用が羊羹ということのようです。ぼくも映画のあとに探して食べてみましたが、さほど美味しくもないしまずくもない(笑)。shinshibunsei.com

そのシベリアを、夜薄暗い街灯の下で子守をしている、小さな女の子が子守へと手渡そうとする。でも、女の子はそれを拒否してその場から立ち去ってしまうんですね。
帰宅した後で、その顛末を同僚の本庄に伝えると、「そりゃ、偽善だ」と言い切られる。
「おまえ、その子がにっこりして礼でも言ってくれると思ったのか?」と半ば呆れられるのです。

ぼくもそうだと同感しましたが、Inaさんはそういう感覚が理解できなかったみたいですね。つまりあのシーンでは、女の子はシベリアを受け取るべきだというのが、Inaさんの主張です。
ここで、本庄は、二郎の「よく思われたい下心」を見抜いているとぼくは理解しました。もちろん女の子はその下心を直感で解り、回避した。
でも彼らの言わんとすることを、二郎は理解して得心することができないんですね。
しかも、この映画はそんな「薄情者」二郎が人間の機微を理解できるようになる・・・というような一種の教養小説ではまったくないところが、面白いですねえ。

ブックブレイクが提供する「場」とは?

話は尽きないのですが、ここでいいたいのは、ではInaさんも人情が解らない人であり、だから「良い悪い」ということではまったくないわけで、そういうお互いの価値観の違いというのがひとつの作品(本でも映画でも詩でも)によって明らかになるということがじつは楽しいことであり、ちがった意見や価値観を尊重することが大切だと思っているわけです。
そしてそういう場が、たとえば今回の「ブックブレイク」であるということです。

かーなーり、無理にまとめてきました(笑)。

風立ちぬ』を語りたいのですがそればかりを語ってしまうと、ブックブレイク開催日までに肝腎の鈴木敏夫さんのテキストに到らないので、いったんここで舵をきりたいと思います。(つづく)

さて、「ブックブレイク 秋」は来週10/24開催予定です。
みなさんとお目にかかれることを楽しみしています。ameblo.jp

*1:二郎が好きだったのは、じつは女中のお絹だったことは画面でも確認できる。