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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【書架 #189】大事なのは技術ではなく、生き方 ~糸井重里『インターネット的』を読んで

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糸井重里『インターネット的』(PHP文庫)。

過去記事をさらってみると、このブログでは糸井さんの本についてよく取りあげている。
古くは『スナック芸大全』から、さいきんは原発ものまで。thx.hateblo.jp
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だが、肝腎の本が抜けていた。
それがこの『インターネット的』だが、ぼく自身、これを親本の発売当初、つまりは2001年夏に読んでいるはずだが、中味はほぼ覚えていない。

この本が10年以上経ってから文庫におさめられ、かつ「予言の書」とまで言われるようになった。
なるほど、15年近くたったいま読んでも確かに古びた感じがしない。それはここに書かれているのが技術論とかではなく、ライフスタイルや生き方についての本質論(抽象論)だからだろう。
だから、「インターネット」ではなく、「インターネット」、ね。

その「的」に込められているのは、「ほぼ日」の立ち上げから運営を通じて著者自身が体験し体感したことだ。
なので現在と比べて、論のいつくかはギャップがあるという。だが、それを糸井さんは文庫化にあたっては更新して書いてはいない。その当時思い感じたことが、いまのほぼ日や糸井さんを形成しているからだ。

昔だったら、誰かひとりの強い思いや計画が、人を何人集められるかとか、お金をどれだけ集められるかってところが論点だったんだけれど、いまはそういう力任せの構造ではなくなっています。
いま大切なのは、なにか伝えたいことがあったときに、それが、ひとりひとりのこころにどれだけの面積を占められるということ。賛同する人を一万人集めて一万票にするんじゃなくて、一億人のこころに1センチ四方だけ、場所をもらう。そのかけ算のほうが求められているんじゃないかな。

文庫化にさいして、毎日新聞へインタビューが載った。参考にされたい。

■(前編)「生き方が「インターネット的」とは?」
http://mainichi.jp/feature/interview/news/20150213mog00m040013000c.html

■(後編)「『ほんとうかな』と自問する力」
http://mainichi.jp/feature/interview/news/20150213mog00m040014000c.html


インターネット的 (PHP文庫)

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