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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【書架#186】『職業としての小説家』村上春樹海外マーケット進出の体験論は一読の価値アリ

30 自在眼鏡の本棚 31 たまビジ(「たまにはビジネス書も読むわよ」) 34 エッセイ・コラム・散文

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村上春樹『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング)。

このブログでも幾度か登場しているこの本、文字通り「職業としての小説家」を村上春樹の体験論から敷衍して書かれているわけですが、この本を今回「たまビジ(たまにはビジネス書も読むわよ)シリーズです)」として取りあげたのは、小説の書き方とかライフスタイルという章立ての最後に、「海外へ出て行く。新しいフロンティア」という一文があるからです。

日本語は1億3000万人が使っているとは言え、世界的にはマイナな言語です。しかも、キャラクタ(文字)は、かな、カタカナ、漢字の3種類を駆使している変わった言語ですよね。
そういう言葉を用いて書いた日本語の小説は、カワバタ、ミシマ、タニザキという作家は世界で有名でも、せいぜい文学愛好者止まりだといっていいでしょう。

そんな日本語の職業作家である村上春樹が、なぜ海外マーケットを開拓する必要があったのか、そしてどうやって彼は具体的に開拓していったのか。
メジャでない言語の、さらにそれを使っている職業人が、そのハンデを超えて海外進出を果たしたその貴重な体験論がその一章というわけです。

これは一昔前の小説家の回顧録にはおそらく見られなかった内容で、ぼくはこれだけでも、みなさんにこの本を読んでもらいたいと強く思っています。

彼はアメリカの文芸エージェントにこう言われたというのです。

英語で読めない作品は扱えない。

そりゃそうですよね。
その言葉で村上春樹は、ひとつのプリンシプルを立て実行します。

僕が「日本人の作家」であるという事実をテクニカルな意味合いで棚上にし、アメリカ人の作家と同じ土俵に立ってやっていこうと、最初に決心したことにあるのではないかと思います。僕は自分で翻訳者を見つけて個人的に翻訳してもらい、その翻訳を自分でチェックし、その英訳された原稿をエージェントに持ち込み、出版社に売ってもらうという方法をとりました。そうすれば、エージェントも出版社も、僕をアメリカ人の作家と同じスタンスで扱うこどできます。つまり外国語で小説を書く外国人作家てとしてではなく、アメリカの作家たちし同じグラウンドに立ち、彼らと同じルールでプレイするわけです。

彼は愚直に真摯に、ひとつずつの課題をクリアしていったわけだ。
この話、どっかできいたことがあると思っているのだが、ひょっとしてあのアーティストの村上隆もそんなことを言っていなかっただろうか。
村上作品は現在、50を超える言語に翻訳されているという。50の言葉にだ。

これはずいぶん大きな達成であると自負しています。それはとりもなおさず、いろんな文化のいろんな座標軸の上で作品が評価されているということですから。僕は一人の作家としてそのことを嬉しく思うし、また誇りにも感じています。

一読して、とても清々しい風を感じた。
徒手空拳でも、ここまでできるんだということを感じられる風だった。

職業としての小説家 (Switch library)

職業としての小説家 (Switch library)

thx.hateblo.jp
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