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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【読む #181】御手洗瑞子『気仙沼ニッティング物語』に感じる、幸福な時間の流れ

30 自在眼鏡の本棚 31 たまビジ(「たまにはビジネス書も読むわよ」) 35 ノンフィクション・記録

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御手洗瑞子『気仙沼ニッティング物語』(新潮社)。

東日本大震災のあと、糸井重里は宮城の気仙沼に「ほぼ日」支社を立ち上げた。
そこから生まれた、「気仙沼『フィッシャーマンズニット』プロジェクト。

イトイです。
気仙沼で「手編みニット」を仕事にしていくプロジェクトを進めていきたいと思います。(「ほぼ日」より)

ほぼ日刊イトイ新聞 - いいものを編む会社。ー気仙沼ニッティング物語

そのプロジェクトを糸井さんと引っ張っていき、会社として独立させたのが著者の御手洗瑞子だ。
彼女はマッキンゼー(またマッキンゼーだよ(笑))から突然ブータン王国の公務員になって、そしてこのプロジェクトに参加、一年後には社長になる。www.knitting.co.jp

御手洗さんは、糸井さんに声をかけられたという。
彼女が徒手空拳から会社を興したといったら、うそだろう。紆余曲折を経て社長になったといったら、それは違うだろう、と読み手は思う。
御手洗さんたちのカモの水かきは知らない。それらはこの本には著されていないし、そもそもあったかどうかも解らない。

読みながらぼくにはそれが少し不満だった。

だったのだが、読み進んでいくうちに、そんなことはどうでもよくなってきてしまった。順風満帆に見えるこの会社の物語に、ぼくはありきたりの「物語」を求めていた。ありきたりとは、理想は高く現実の厳しさにぶつかり、挫折も味わい、そして再生する、という「パターン」だ。
それは「物語」ではなく、「パターン」でしかないかもしれない。

この本には震災後を生きる気仙沼の「編み人」さんたちと彼らを支える人たちの、毅然としてでも肩肘張らずに平生を送ろうとする時間が「編む」ことと一緒に流れている。
その時間は、編む人たちにとって幸福なのだと、こちらに感じさせてくれる。
読み手は、その時間流れの輪郭をなぞることができるのだ。

なんだ、それでいいじゃないか。

ぼくは少しでもためになる「言葉」を探していた。
そういう言葉を求めている人たちには、無縁の本だ。

気仙沼ニッティング物語:いいものを編む会社

気仙沼ニッティング物語:いいものを編む会社

ブータン、これでいいのだ

ブータン、これでいいのだ