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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【読む #174】小沢一郎インタビューで、思わず膝を打った話~「週刊新潮別冊3000号記念『黄金の昭和』探訪」

30 自在眼鏡の本棚 35 ノンフィクション・記録

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週刊新潮別冊3000号記念『黄金の昭和』探訪」(新潮社)。

経済白書が「もはや戦後ではない」と宣言したのは1966(昭和31)年のこと。
その年の2月に創刊された「週刊新潮」が、8月6日号で「3000号」の節目を迎えた。節目と簡単に言うけれど、そうそう達成できるものでもないことは、雑誌の世界を眺めればよく解る。
本誌はそれを記念して「別冊『黄金の昭和』探訪」として編集された。

ここからは版元の紹介を引く。

美空ひばり山口百恵岡田有希子テレサ・テンら、昭和のスーパースターの「運命の一日」。住友銀行三越共産党……時代を食らって俗世の「帝王」「女帝」「天皇」と呼ばれたトップたちの興亡。昭和の大宰相・田中角栄を師と仰ぐ小沢一郎氏は「私が仕えたオヤジ『田中角栄』の素顔」を語りおろしました。

と、6ページにわたるその小沢一郎のインタビューのなかで面白かったのは、田中角栄は苦労人だから人をよく使うことが出来なかったというくだり。

「オヤジ(田中角栄のこと:引用者注)のたった一つの欠点と言ってもいいけど、世間がよく言うのとは反対で、『苦労人ほど人をつくらない』んだよ。あの人、苦労人だからね。そして苦労人ほど人使いが下手なの。要するに、小さい時から人に囲まれて育った人のほうが、ちゃんと人使いをやる」

その上で、家柄のよかった佐藤栄作池田勇人と比較してひと言。

「『育ちがいい人というのは人の心がわからない。貧乏したやつほど人の心がわかる』と言われるけど、それは実は逆なんだね」

ほほー。
田中角栄が心身掌握術に長けていたという世間の評価とは違うということなのか。それとも、「人使い」がヘタだと自覚していて、それを克服しようと振る舞っていたのか。興味があります。

で、小沢さん、あなたはどっち(笑)?

『週刊新潮 3000号記念 2015年8月25日号別冊 「黄金の昭和」探訪』 | リリース詳細情報 | 新潮社