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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【ブックブレイク #4】第3回「積ん読王のブックブレイク」開催レポート

四万六千日、お暑うございます。
昨日、リテラチャーサークル「積ん読王のブックブレイク 四季~夏」の第3回目を開催しました。ご参加いただいたみなさん、お暑い中お越しいただきまして、どうも有り難うございました。

今回の課題テキストは、岡本太郎『今日の芸術』(光文社知恵の森文庫)。
参加されたみなさん、さっそくにレポートをアップされております。こちらも多謝。

◆参加されたみなさんのレポート

satosee.hatenablog.com
web-adviser.biz

◇プロデューサーInaさんのレポート

ameblo.jp

ぼくと岡本太郎との関わりでいえば、住んでいる地元に美術館があるということくらい。
川崎市岡本太郎美術館
※ちなみに、岡本太郎記念館というのもありますが、こちらはもともと岡本太郎の自宅でした。
ようこそ岡本太郎記念館へ!

さて、みなさんにはいつもながらに会話の糸口をまとめてきていただきましたが、そんなにページ数がないのに、なかなか読み通せなかった人が多数。不肖わたくしも最後の数ページを残してしまいました。まあ、「読まずに語る」のが身上の積ん読王なのでご容赦ください。

テキストは、1954年が初版です。1954年というのは、こんな年でした。
1954年 - Wikipedia

戦後から9年目。地下鉄丸の内線が御茶ノ水駅~池袋駅まで開業し、第五福竜丸事件が起こりました。映画「ゴジラ」が誕生し、武田薬品工業が「アリナミン糖衣錠」を発売、洞爺丸事故も起きた年。
この本は、光文社の社長から「中学生でもわかる芸術の啓蒙書を書いてほしい」と依頼されて、この年に出版したものです。
翌年55年には、光文社カッパブックスからも刊行され、63年には加筆訂正した新版が同じく光文社カッパブックスからでた。ベストセラーといわれる証のひとつでしょう。

テキストの内容は、芸術は表層的な問題ではなく、生きることそのものであると説きつつ、日本における旧来の芸術観を厳しく批判し、自分自身の精神の解放を説いています。

この本は(あるいは古典もそうですが)、「いまでも新しい」と評されますが、改版されたとはいえ、基本はもう60年以上まえのテキストなので、書かれた時代を意識して読み進めることが大事、と参加者の方がおっしゃっていましたが、その通りだと思います。
とはいえ、それでも時流の本質をつかみ、予見をし、物事を鳥瞰的にとらえる眼力というのは、どうしてもこちらに伝わってくる。単なる権威への反抗とか反発だけではない、そこはさすがに西洋の碩学に師事し(あのマルセル・モースに教わったとか)、民族学を学んだだけのことはあって、ロジカルだし本質を突くような筋力をつけられているとお見受けしました。
平易な言葉の連なりは、一見すると組み易しと読み手を惑わすが、気がつくと絡め取られて前へ進めない感はある。
もどかしさも覚えるが、それはこちらの思考とその沈着とが追いついていかないからだ。
これが、戦後の中学生への啓蒙書とな。。。原題では、まあ高校生あたりが読解できるくらいでしょう。

ぼく自身の理解では、この本の勘所は、

芸術はうまくあってはいけない、きれいであってはならない、ここちよくあってはならない

という言葉に集約されましょう。

話は例によってあちこちに飛びましたが(飛んでいっても、ここではまったく気にしません。本は「とば口」でしかないので。最後はテキストに戻ってきますからご安心ください)、畢竟、「岡本太郎」はナニモノか、ということに尽きるのではないかと思います。

参加者のひとりが言われました。
岡本太郎岡本太郎という皮をかぶったナニモノかである」と。

背中にチャックがあって、数種類のエネルギィが集積するために、岡本太郎というヴィークル(器、乗り物)を必要としたのだと。
だから、彼が死んだら、背中のチャックが開いて、集積されたエネルギィは空中に拡散していって、後には岡本太郎の〈そとがわ〉だけが残ったんじゃないか、と。

蓋し名言であります。
みなさんは妄想だと一笑に付すかもしれませんが、その方にそう思わせるくらいの力がこの本には存在したのだ、ということだろうと思っています。それは読んでみたいことには、岡本太郎の言葉に触れてみないことには感じられなかったことであり、ぼく自身はそのことはとても貴重な体験をされたのだと思うのです。

話は尽きません。
尽きぬままに、今回も3時間にわたる言葉と思考のラリーが展開されていました。

今回のブックブレイクで、夏シリーズ3回が終わりました。
ぼくの読書会では、いつも「テキストは読まなくてもいい」と常々言っています。参加の敷居を下げるためですが、しかし、参加者の方からはこういう言葉を頂戴しました。

「でも、読んできた方がもっと楽しめる」

有り難うございます。
また、みなさんと秋にお会いできるのを楽しみにしております。
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