読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【明日への本棚 #147】宮崎市定『中国史』で出会った偶然に、びっくりした

f:id:zocalo:20150703060816j:plain

宮崎市定『中国史』上下(岩波文庫)。

昨日、「具体と抽象」について話したけれど、「週刊文春」今週号の坪内祐三の連載「文庫本を狙え!」を読んでいたら、こんな文章にでくわしてびっくりした。

ここで我々が注意しなければならぬことは、事実を抽象して抽象語を造ると、その言葉は事実の裏付けなしでも、独り歩きし出す危険のあることである。

その危険な例が、神国とか八紘一宇などという戦時中の言葉だったという。
宮崎市定が自著『中国史』の冒頭で、「歴史とは何か」と語っているくだりの一節だ。

宮崎は3つのことを言っている。

まず第一は、歴史は客観的な学問であるから、誰が書いても同じ結果になるという考えを棄てて欲しいこと

第二には歴史学には時間の評価が大切であることを主張しようとする。私はある歴史的事件が発生するためには、無数の原因があったとはずだと考えているが、その原因を結びつけて一つの結果に達するためには時間が必要であった

そして前述した「事実から抽象化する」くだりが、三つめとしてつづく。

細谷さんの本の中では、歴史的な視点は指摘されていなかった。それが片手落ちとぼくは言いたいのではなく、それをまったく違う本が補ってくれたということだ。
それを、ぼくは昨日の今日で見つけた。
こういう偶然がある。
だから、本を開くのは楽しい。

中国史(上) (岩波文庫)

中国史(上) (岩波文庫)

中国史(下) (岩波文庫)

中国史(下) (岩波文庫)