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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【明日への本棚 #141】シェル・シルヴァスタイン『おおきな木』。。。

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シェル・シルヴァスタイン『おおきな木』(あすなろ書房)。

1964年アメリカで出版された絵本。日本でも一度本田錦一郎によって訳出されたが、訳者没等の事情によって、村上春樹により 新たに訳された。

昔、リンゴの木と少年は仲良しだった。その少年はが大人になると、お金が必要になった。
リンゴの木は「わたしの実を売りなさい」と言う。
しばらくして、家が必要になった少年に、木は「わたしの枝で家を建てなさい」と言う。
時が経って、少年は「悲しいので遠くへ行きたい」と木に訴える。木は「私の幹で舟を作りなさい」と言う。彼は幹を持っていった。
また時が経ち、少年は年老いて帰ってきた。少年は老人になっていた。「疲れたので休む場所がほしい」と言う。
そのとき、木は少年にある言葉をかけるのだった。

原題は『The Giving Tree』。
絵は線画でモノクロ、とてもシンプルです。子ども向けと言うより、大人向けといっていいでしょうね。

木にいろんなことを要求する少年と、それに応えつづけるリンゴの木。木は見返りを求めません。このりんごの木は最初から最後まで、一人の少年に何かを与え続けるのです。
これをどう解釈するかは、読み手に委ねられている。少年を身勝手と指弾するか、リンゴの木の言葉を無償の愛とみるか。

美しい感情があり、喜びがあり、希望の発芽があるのと同時に、救いのない悲しみがあり、苦い毒があり、静かなあきらめがあります。それらはいわば、人間の心という硬貨の裏表になったものなのです。
(中略)
あなたはこの木に似ているかもしれません。あなたはこの少年に似ているかもしれません。それともひょっとして、両方に似ているかもしれません。
あなたは木であり、また少年であるかもしれません。あなたがこの物語の中に何を感じるかは、もちろんあなたの自由です。
それをあえて言葉にする必要もありません。そのために物語というものがあるのです。物語は人の心を映す自然の鏡のようなものなのです。
村上春樹のあとがきより。引用者適宜改行)

おおきな木

おおきな木