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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【明日への本棚 #134】村上龍『限りなく透明に近いブルー』はまだまだ古びていませんね。

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村上龍限りなく透明に近いブルー』(講談社文庫)。
もうすぐ彼の新作がでる。

オールド・テロリスト

オールド・テロリスト

じつをいえば、ぼくはこの2冊をはじめ村上龍の初期作品はほとんど手にしてない。エッセイはまずまず読んでいるつもりだし本棚にもささっているのだけれど、小説は『愛と幻想のファシズム』以降の作品しかまともに読んでいないはずだ。

限りなく透明に近いブルー』(以下、『ブルー』)は、1976年に芥川賞受賞。ちなみに、そのひとつ前の受賞作品は中上健次の『岬』である(その中上健次が亡くなってもう20年以上になるのか)。
一言で言えば、ドラッグに溺れ、乱交と乱暴を繰り返す若者たちを描いた小説で、はっきりとした結構があるストーリィではない。
テーマについても、強いて読み取るならば、よく指摘されているように、傍若無人に振る舞うアメリカ人と、それにたいして、されるがままになっている日本人という構図が、そのまま現実のアメリカと日本の力関係(地位)を示しているといったところだろうか。
それは牽強付会のような気がしないでもない。

テーマとは別に、今回はじめて読んでぼくが感じた点は2つ。
ひとつは、主人公が持っている<ニュートラルな視点>という観点と、もうひとつは、作者の描写技術の高さである。
前者でいえば、全編を通して、主人公の<僕>あるいは<僕>の意識は、<僕>の両眼を通して描写される場面から離れて、さらに周囲の人間の目に映る<僕>という存在からも離れて、別の場所にあるように思えた。

だいたいがハシシを炊いて、ドラッグやって、セックスやってという場面ばかりだから、客観性を確保するにはある程度「神の視点」を取らざるを得ないのだろうけれども、<僕>は、自転車に乗った郵便局員や、鞄を提げた小学生や、犬を連れたアメリカ人が隙間を通り過ぎたり、ポプラの木が雨に濡れてコンクリートや草が冷やされていくときの匂いを感じたり、リリーに話しかけられると、「リリーは一体何をしゃべっているのだろう」とちょっと考え込んだりする。

そんな「僕」は、周囲からも変わって見えるようで、リリーからは、

リュウ、あなた変な人よ、可哀想な人だわ、目を閉じても浮かんでくるいろんな事を見ようってしているんじゃないの? うまく言えないけど本当に心からさ楽しんでいたら、その最中に何かを捜したり考えたりしないはずよ、違う?」

とか、

「あなたは何かを見よう見ようってしてるのよ、まるで記録しておいて後でその研究をする学者みたいにさあ。小さな子供みたいに。実際子供なんだわ、子供の時は何でも見ようってするでしょ?」

などと指摘される。

そこでは、「僕」は意図的かどうかは解らないが、自らの感情や感性や感覚を封じて、無機質でニュートラルな立場にいることを選択しているようにも見える。
その姿は静穏でどこか探求者のように、ぼくには映る。この本を、若者の性風俗を描いたものという捉え方は、単純ではないか。

もうひとつ。
描写に関していえば、この人の技術力は独特かつ特筆すべきものではないか。薬物中毒や乱交の場面の猥雑かつクリアな描写は、淫を描いて淫に堕ちていない。ミクロとマクロを混合させつつも、常に冷静である。

僕はここは一体どこなのだろうとずっと考えている。テーブルの上にばら撒かれた葡萄を口に入れる。舌でクルリと皮を剥いて皿に種を吐くと手が誰かの女性器に触れて、見るとケイが跨がって笑いかける。ジャクソンがぼんやりと立ち上がって制服を脱ぐ。吸っていた薄荷入りの細い煙草を揉み消してオスカーの上で揺らされているモコに向かう。(中略)僕はポケットカメラで歪んだモコの顔をアップにして写す。ラストスパートの陸上選手のように鼻がヒクヒクと動いている。レイ子はやっと目をあけた。ベトベトするからだに気付いたのかシャワー室の方へ向かう。口を開き目は虚ろで何度も足をもつれさせて転ぶ。抱き起こしてやろうと肩に手をかけた僕を見て、あ、リュウ助けてよ、と顔を近づける。レイ子の体からは変な匂いがして、僕はトイレへ駆け込んで吐いた。タイルに座ってシャワーを浴びているレイ子はどこを見ているのかわからない赤い目をしている。

会話が地の文に溶け込み、どこか他人事のような描写が積み重ねられている。性的な表現は劣情的にも扇情的にもなっておらず、むしろ透き通った質感を感じさせるものになっている。村上春樹が『ノルウェイの森』であらわした性表現と、通底している部分があるのではないだろうか。
発表後35年以上経つが、まだまだ錆びついていない作品だと強く感じた。

新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)

新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)