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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【折々の本棚 #113】湯川豊・小山鉄郎『村上春樹を読む午後』は、平日午後のアンニュイさのなかで読めるのか

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湯川豊・小山鉄郎『村上春樹を読む午後』(文藝春秋)。

先日、友人が村上春樹作品で読書会をやったというので、ふと本棚から取り出してみた。
表紙のシンプルさは、平日午後には、なんとなくふさわしいアンニュイさがただよっている。

この対談本、しかし、語り手は湯川豊と小山鉄郎だ。前者は文藝春秋で「村上春樹ブック」(1991年)をつくり、後者は共同通信社の文芸担当記者で、村上春樹とのインタビューをしてきた。

村上春樹を読みつくす (講談社現代新書)

村上春樹を読みつくす (講談社現代新書)

そのふたりの対談が、日曜日の午後ののんびりさに合うかどうかは別としても、面白くないことはないだろう。

のっけから、村上春樹アメリカ文学の圧倒的直接的な影響下で作品が書かれたという定説に疑問符を投げかけてくる。
彼の下敷きは19世紀の小説にもあるのではないかと。

体調よろしくないなか、さてぼくはどこまでこのふたりの話についていけるだろうか。

村上春樹を読む午後

村上春樹を読む午後