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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【きま本 #97】東海林さだお『なんてたって「ショージ君」 東海林さだお入門』は、戦後日本の貴重な庶民史とな

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東海林さだお『なんてたって「ショージ君」 東海林さだお入門』(文春文庫)。

GW真っ直中、いかがお過ごしでしょうか。
文庫本にして厚さ4.8cm(実測)のこの本。
That's 東海林さだお本、です。

エッセイ、対談、アイデア帖から、各界著名人からの「東海林さだおを読む」という寄稿・・・。じつに1340ページの大盤振る舞いだ。
みずからの文章を、「お肉屋さんが、店の一角にコロッケ及びトンカツコーナーを設けているようなモノ」と称した。

われわれの世代は、一般的に言って、食品の空洞に対してはかなり批判的な世代である。憎しみを持っていると言ってもいい。
アンパンの空洞、カキフライの空洞、タイ焼きの空洞、いずれもそこに邪悪なものを感じる。商人の阿漕を感じる。
カレーパンの空洞にだけは、不思議なことにそうしたものを感じない。
カレーパンの空洞は、故あっての空洞である。
正しい空洞である。
善良性を帯びた空洞である。
そういうふうに思えてならない。
空洞がいとおしくさえある。
その空洞がおいしい。
空洞に味がある。(「カレーパンの空洞」より)

椎名誠は、そんな東海林さだおのエッセイを、「戦後日本の最大の生きた庶民史」といった。
この椎名さんの一文を読んで、味読という言葉を久しぶりに思い出しました。