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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【きま本 #96】加藤周一『言葉と戦車を見すえて』を改めて、憲法記念日に読む

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加藤周一『言葉と戦車を見すえて』(小森陽一成田龍一編、ちくま学芸文庫)。

憲法記念日に、この1冊をあげておく。
加藤は、哲学者の鶴見俊輔、作家の大江健三郎らと結成した「九条の会」の呼びかけ人であった。

この本では、「プラハの春」を弾圧するために、ソ連軍を中心としたワルシャワ条約機構軍がチェコの首都に侵入した「チェコ事件」(1968年)を論評した「言葉と戦車」を中心にして、1946年の「天皇制を論ず」から2005年の「60年前東京の夜」を据えて、著者の政治社会への論評活動全体を俯瞰できるようになっている。

憲法の話はここではメインではないが、加藤に九条は欠かせない。九条をめぐっての短めの文章がいくつか掲載されているが、感情的なそしてポエムめいた言説に淫することなく、透徹した言葉をつらねる。

九条をめぐる加藤の言葉は、「言葉と戦車」のなかのこの一節にもその源流をみることができるだろう。

言葉は、どれほど鋭くても、またどれほど多くの人々の声となっても、一台の戦車さえ破壊することはできない。戦車は、すべての声を沈黙させることができるし、プラハの全体を破壊することさえもできる。
しかし、プラハ街頭における戦車の存在そのものをみずから正当化することだけはできないだろう。自分自身を正当化するためには、どうしても言葉を必要とする。
すなわち相手を沈黙させるのではなく、反駁しなければならない。言葉に対するに言葉をもってしなければならない。一九六八年の夏、小雨に濡れたプラハの街頭に相対していたのは、圧倒的で無力な戦車と、無力で圧倒的な言葉であった。その場で勝負のつくはずはなかった。(改行は引用者)

言葉と戦車を見すえて (ちくま学芸文庫)

言葉と戦車を見すえて (ちくま学芸文庫)