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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【刺さる読書#46】種田陽平『ジブリの世界を創る』を、つい仕事論として読んじゃったよでも面白いの

30 自在眼鏡の本棚 31 たまビジ(「たまにはビジネス書も読むわよ」) 34 エッセイ・コラム・散文

種田陽平ジブリの世界を創る』(角川oneテーマ21)、読了。この時点で、ぼくはまだ映画(「思い出のマーニー」)本編は観ていない。日テレでのフィーチャー特番も観ていない。ほとんど情報なしで、この本を読んでみた。

種田陽平という名前だけは知っていた(ぼくはこういうことが多い)。美術監督として映画を主舞台に、日本だけでなく世界で活躍する、映画美術の第一人者だ。

実写映画の美術からこの世界にはいった種田だが、そもそも彼がこの仕事に就く根っこには、高畑勲監督の東映アニメ映画「太陽の王子 ホルスの大冒険」を観たことにあったという。

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当時小学生だった種田少年は、作品のもつ世界の難しさ複雑さを感じつつも、<スクリーンの前から離れることができなくな>って、その映画を続けて2回、そのあともう1回観た。

そこまで小学生の僕を惹き付けたのは『ホルスの大冒険』の何だったのでしょうか? 
今思うとそれは、色やストーリーというよりも、もっと漠然とした、けれどしっかりと映画を覆い尽くしている<空気感>でした。映画が持っている独特の雰囲気を、子どもながらにビビッドに察知し、興奮したのです。

そういう意味では、彼は少年期にすでにジブリと出会っている(笑)。


種田がアニメの仕事を最初に手がけたのは、押井守の「イノセンス」だった。それ自体はただちにアニメの仕事に種田を向かわせる者ではなかったが、三次元と二次元の表現の違い、仕事のしかたの違いなどを意識化させてくれた。

言うなれば、実写映画の監督は、刺身やしゃぶしゃぶのような、素材を生かした和食の料理人です。役者、美術、ロケーションといった要素にあまり手を加えず、その素材感を生かした映像作りをします。
一方、ジブリも含めてアニメの監督たちは、お菓子職人。もとの素材が何かわからなくなるぐらいまで加工して、全く別のものに仕立てているような印象があります。実写の美術としていろいろ趣向を凝らして取り組んだとしても、お菓子のお菓子の領域に行き着くことは難しい。もちろん、逆も同様ですが。


この本はふたつの側面から楽しめると思う。
ひとつは、タイトル通り、三次元の職人が二次元の世界で、どのように仕事をしたのか、そして彼から見えた二次元工房(スタジオジブリ)の仕事の仕方の様子について。
とくに、米林監督との巻末対談が面白かった。制作エピソードがいっぱいです。

もうひとつは、種田陽平という人間の仕事にたいする考え方である。いわば仕事論。彼はタランティーノチャン・イーモウといった世界的な監督のもとで働いたことがある。そういう経験を持った人間の仕事観とはどんなものなのか。

じつはビジネス書が大の苦手なぼくだが、この本を読んでマーキングしたのは、ほとんど後者に関する箇所だった(苦笑)。
以下、印象的だったところを抜き書きしておきます(ジブリでの仕事ぶりを知りたい方はすいません。改行適宜処理してます)。

ぼくはさまざまなジャンルの仕事をしているので、何でも二つ返事でやっているように思われるかもしれませんが、依頼があったものをただ引き受けているわけではありません。
一見つまらなそうなものも、見方を変えるだけで面白くなるかもしれない。
あるテーマを設定することで、自分もやりがいを感じることができるかもしれない。
そんなふうに考えることも多いし、「自分がベストだと思う方向でやらせてもらえるなら」という形で、引き受ける機会は少なくないのです。
来た仕事をひたすらこなすようなやり方は、30代まではしていて、若い頃はそれで引き出しが増えるから良いのですが、40代を越えると仕事の風景は変わってきます。
そこからの仕事ではテーマ、つまり何に挑戦できるか、何を見つけることができるかが大事になるのです。

(「思い出のマーニー」の制作で:引用者)声を掛けていただいた時点で、アニメーションの美術監督をやりたいとは特に思っていませんでした。実は何かをやりたい、と考えないようにしているのです。そういうふうに仕事を捉えるのはプロフェッショナルとしては負けだと思っているところもあります。
仕事はある種の因縁で繋がっていて、そこから逃れることはできない。鈴木(敏夫プロデューサー:引用者)さんがぼくに声を掛けてくれたということは、これまでの仕事の蓄積からそうなっているはずです。
ぼくがやりたいとか、やりたくないとかではなく、「やることになっている」という宿命を感じるような感覚がありました。

ぼくは、自分のこだわりみたいなものがありません。ないというか、なくさせられたと言ったほうが正しいかもしれません。
「これは絶対こうしたほうがいい」「もっと違う感じのほうがカッコいいと思う」
若い頃はやはりこだわりがあり、それをはばかることなく口にしていました。そうすると、相米(慎二。映画監督:引用者)さんのような監督は鼻で笑って「それって、おまえがそうしたいだけだろ?」と痛いところを突いてくる。20代の頃は、よく「おまえがやりたいことなんてどうでもいいんだ。この映画に何が必要なのかを考えろ」と怒られてばかりいました。

手元の本では、まだまだページを耳折りしているが、ひとまずこのくらいにしておきます。
ジブリの本なのに、ビジネス本を読んでいるみたいだー。

最後にひとつだけ引用させてもらいます。

とにかくビジネスが優先される現代において、そうした、作品の感動を媒体とする絆はとても大事だと思っています。
宮崎さんが場面設計した『ホルスの大冒険』の村がなければ今の自分はないと思うし、子どもの頃に高畑さんが監督した映画を見たから今ここにいると思える。
本当はそう単純なことではないかもしれませんが、そういう因果で自分が今ここに生かされていると思ったほうが人生は面白いと思っています。

種田は「プレゼンテーションが好き」と自身で言っている。そんなに多くはない人たち向けの。
ぜひどこかで聞いてみたいものだし、そのプレゼン資料を一度のぞいてみたい。