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積ん読王の 自由画帖

〈読み、考え、旅をし、見て、話して、書く〉同時代ノート。

【刺さる読書 #038】柳広司『虎と月』を読んで、漢字の奥深さを改めて知りました

30 自在眼鏡の本棚 33 小説・創作

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柳広司『虎と月』(文春文庫)、読了。
中島敦山月記」をモチーフにしたミステリ。モチーフというか、後日談といってもいいか。

虎と月 (文春文庫)

虎と月 (文春文庫)

中島敦の「山月記」は国語の教科書でも掲載されているから、名前くらいは知っている方も多いだろう。
漢字表現がたくさんある、アレね(微笑)。
いまでは青空文庫でも読むことができるけど、ルビが多くてパソコンでは正直読みづらい。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/624_14544.html

山月記」は、虎になった男の話である。
唐の時代、科挙に合格してめでたく官吏になった男がいた。めでたく結婚し、子どもももうけた。
しかし彼は試作にこそ自分の本分があるとして、あっさりと職を辞すと故郷で詩作に耽る日々を送る。
数年後、とうとう妻子を養うことができなくなった男は、やむなく地方官吏の道を求めるが、鬱々として気は晴れず、自身の才能を持て余していた。
そんなある日の真夜中、男は異様な様相をして、とつぜん宿舎を飛び出すと、そのまま行方知れずになってしまった。

それから数年ののち、都の役人がある山中を通りかかったところ、一匹の猛虎に出くわす。あわやという寸前、その虎は草むらへと身を隠すと、なんと人間の言葉で、その役人に話しかけたのである。
虎はこう役人に頼んだ。
役人の名前は、袁傪(えんさん)。
「自分は君の友人だった李徴である。今は虎の身だが、人の身だった頃に残した詩篇を 是非に書として残してほしい。また故郷に残してきた妻子の身が立つようにしてはもらえまいか」と。
袁傪はかつて李徴であった虎に、約束を果たすと言うとそのまま別れた・・・。


さて。この『虎と月』は、この「山月記」のあとを受けた話。
10年前、父李徴は何故に虎になったのか。
虎になった、ということはどういうことなのか。
幼い頃から母親は父親への恨みつらみを口にし、主人公に当たり散らし、まわりの人間も彼を忌避した。そんな生活がつづいていた。

父親の風評の真相はいったいなんだろうか。
その答えを求めて、息子である「ぼく」は袁傪氏のいる長安へと、ある日旅立つ。案に相違して、袁傪は地方へ出張中。
しかたなく故郷へと戻る道すがら、ある村で騒動に巻きこまれるが、それが父が虎になった謎の解明につながる。
その村の人たちは、父李徴のことを知っていた。彼はここにしばらく滞在していたというのだ。
そして、彼が「虎になった」ことも知っていた。

人が虎になる、というのはどういうことなのか。それはほんとうのことなのか。その理由は・・・。
答えに焦る主人公を、村の老師が静かになだめる。
「正しい答えがほしかったら、正しい質問をすることだ」

ここから、「虎になる」ことの謎解きがゆっくりとはじまっていく。
このさきはもうネタばらしになる。
中国の古典に想を得ただけあって、漢字と漢文に込められた「意味」と「からくり」がこのミステリのキモだ。

「虎」という漢字の意味。
父親の残していったという一篇の漢詩に仕組まれた、あるからくり。

最後にそれらすべてを解き明かしていったとき、父親・李徴の誠実さと、袁傪自身の友を慈しむ友情が、主人公の胸中をひたす。
うまい謎解きをこしらえたものだ。この小説の後に、また「山月記」を読み返すと、前とは違った趣を感じられるのではないかと思う。

すべての謎を解いて、暁間近の朝、帰路についた「ぼく」のまえに、一匹の虎が躍り出てくる。
不思議と怖くは感じなかった。

時に、残月、光冷やかに、白露は地に滋(しげ)く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。(「山月記」)

いま、少年にはその虎の姿に父親を重ねることができる。
堂々と、そして臆することなく。